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ジャグリングの歴史

Juggler's World: Vol. 38, No. 2

『ハッサンの力を思い出せ!』

ビリー・ギレン (Billy Gillen)

[juggling hieroglyphics]

彼らはカルト集団だったのか、宮廷お抱えの道化師、アスリート、 ボードビルの創成期の者、あるいは他の何者かだったのか?

描かれたジャグリングが儀式的、宗教的意味合いを持ったものだったのか、それとも 主に運動だったのかという問に、理にかなったあらゆる疑問を晴らす形で答えるのは 不可能である。


ジャグリングのヒエログリフを深く探る

(注)ヒエログリフ=象形文字

このベニ・ハッサンというのは一体何なのか? ジャグリングの歴史に 関する多くの資料が古代エジプトのジャグラーについて言及しているの を通して、私はベニ・ハッサンの話を何度も聞いてきた。そして、ジャ グリングの短い歴史記事の中でしばしば引用される、古代エジプトのジ ャグラーのことをより深く理解したいと幾夜も熱望してきた。あなたも きっと次のような疑問を持つはずだろう。「彼らはカルト集団だったのか、 宮廷お抱えの道化師、アスリート、ボードビルの創成期の者、あるいは 他の何者かだったのか?」

幸運にも、ブルックリン博物館には、エジプト学の部門としてはアメリカ で最も評価の高いものの一つがあった。副館長のビアンキ博士 (Dr. Bianchi) が親切にもその疑問を晴らす手助けをしてくれた。その結果は驚くべき ものだった。

まずベニ・ハッサンとは、(古代の)150個の墓のある地理的な場所の ことであった。我々の探す墓はその15番目のものであり、紀元前1994 ー1781年頃の中王国時代のものである。その墓に埋葬された王子につ いては何も分かっていない。

各々の墓には複数の記録簿があり、ジャグリングへの言及はその3番目の ものにある。絵(文)の前後関係は重要と考えられるが、記録簿の3段目 には、まずはた織りをしている人が描かれており、次にアクロバットをす る女の子、その後ダンサーのような衣装を着たジャグラーが描かれている。 (ジャグラーは皆編んだ髪の先に玉をつけている)

最初のジャグラーは2ボール・マルチプレックスをしているように見える (より接近して見ると両手は空である)。2人目は明らかに3ボールのカ スケードをしており、3人目は3つ目のボールを持たずに大袈裟にミルズ メスをしているように見える。
(注)マルチプレックスとは、同じ手から同時に複数のボールを投げる ジャグリングの方法
[hieroglyphics close-up]

後に続く4人の女性は、"Pick-a-Back Ball"という遊びをしていると思わ れる。その遊びでは、2人の女の子がパートナーの背中に乗り、互いにボ ールを投げ合う。負けた者(注:投げ合ったボールを取り損ねたら負け、 ということだと思われる)は自分のパートナーを背負わなくてはならない。 この4人に続く6人の女性は、中央の2人が"Pick-a-Back Ball"をしており、 残りの女性は手拍子を取っている。その後4段目の記録簿となり、そこでは、 農夫と家畜が描かれている。

絵の上方にある碑銘にも注意しよう。それらは漫画で会話が入る風船の形を 部分に似ている。しかし残念ながら、今回の場合うまく利用できなかった。 それがことを複雑にしているのだが、別の見方をすれば、そこが面白いとこ ろでもある。描かれたジャグリングが儀式的、宗教的意味合いを持ったもの だったのか、それとも主に運動だったのかという問に、理にかなったあらゆ る疑問を晴らす形で答えるのは不可能である。このテーマは大部分が予想と して残される。

ボール遊びはたいへん人気があった。初中期王国時代には主に若い人達によ って行われ、後期には大人もやるようになった。ボールは大抵皮製で、細かく裂いた 葦が詰められ、直径は3〜9センチだった。その他に木、粘土、編んだやし の葉などでも作られた。そのようなボールはしばしば子供の墓から発見され ている。ボール遊びをしている人の絵はほとんど見つかっておらず、極めて 稀である。

ビアンキ博士は次のように述べている。「15番目の墓の中で(埋葬された) 王子は、現世で楽しみ次世へも一緒に持っていきたいと願ったものを眺めて いる。ジャグラーが墓に描かれたという事実は、宗教的な意味合いを示唆し ている。円いものは、かつて惑星や生死を表すために用いられていたので、 ボールと円形の鏡の間には類似性がある。

ブルックリン博物館の博物館員ダイアン・グツマン (Ms. Diane Guzman)嬢 によれば、古代エジプトにおいては、最も世俗的な活動さえ儀式に従って 行われた。これはジャグリングに宗教的な意味があったと主張する者への 後押しとなる、もう一つの根拠である。

古代エジプトのボール遊びに関して、6人の人類学者が広範な記述を行って いる。彼らの解釈には、墓壁のジャグリングを宗教的なもの、運動的なもの と捉える双方のものがある。デブリーズ (C. E. Devries)、ヘンダーソン (R. W.Henderson)、メンダー (S. Mender)の3人は宗教的な解釈をしている。 彼らは、オシリス (Osiris、古代エジプトの主神)とアイシス(Isis)の類似性 を指摘し、ジャグリングされた植物の実が、カオス (混沌) を越えた秩序の 象徴であり、肥沃な大地と(4段目の記録簿に描かれている)作物の豊かな収 穫を保証する、丸い物体の代表であったと考えた。はた織りは作物の秩序を 表していたのだろう。記録簿の2段目は、肥沃の神と関連していると思われ る彫刻で終っている。

エグナー (Aigner) とメール (E. Mehl) は、ジャグラーがさほど大きく描か れておらず、初中期王国時代にはジャグリングが若年者によって行われたと されており、またそのジャグラーの上方には何の説明文もないことを根拠に、 ジャグリングが今日のジャックスと同じような意味で、人気のあった単なる 運動であった可能性が高いと主張している。6人目の人類学者、ウルフガン グ・デッカー (Wolfgang Decker)はそのテーマに関して2冊の本を著してお り、その一冊で両者の見方の可能性を引用している。

ジャグリングの最高のものを記録、編纂している者として、私は全てのジャ グラーに新たな計画への協力を呼びかけたい。ジャグリングは明らかに「時 代を超越した」人類の営みであるので、ジャグラーがどのように自分達の活 動を類別しているのか、スポーツと考えているのか、あるいはアート、宗教、 儀式、その他のものと考えているのか知りたい。今回の調査結果が、古代エ ジプトのジャグラーについての、より正確な理解を得る助けとなればと願っ ている。私は、そのような(新たな計画によって得られる)しっかりした推 定の結果が、ジャグリングに関する他の歴史上の調査結果と比較できる民族 誌学的な資料として含まれるよう、ビアンキ博士と共に準備中である。

加えて、20世紀のジャグラーが将来誤解されることを防ぐような措置を取 ることも賢明なことだろう。私は現在、1990年代になったら封印する、 タイムカプセルに入れる情報をまとめている。あなたが今どこにいる誰なの か、どのように、また何故ジャグリングをしているのか、あなた自身と周り の環境を良くするために、そのアートをどのように用いているのか、などの 情報を私に送って頂けたらと思う。

Billy Gillen
939 New York Ave.
Brooklyn, NY 11203.

Bibliography

  • Decker, Wolfgang. "Annotierte Bibliographie Zum Sport in Alten Aegypten." Sankt Augustin: Richarz, 1978, ISBN 3-91255-16-3.

  • Porter, Bertha and Moss, Rosiland L.B. "Topographical Bibliography of Anci ent Egyptian Hyroglyphic Texts, Reliefs and Paintings. IV Lower and Middle Egypt." Oxford At the Clarendon Press, 1934.

  • Touny, R.D. and Wenig, Dr. Steffen. "Sport in Ancient Egypt." 1969 Edition Leipzig, Licence 600/34/70. Printed in German Democratic Republic.

Remember the Force Hassan! / Juggler's World: Index, Vol. 38, No. 2 / jis@juggling.org
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